一般的ではない
発達障害というものは生きにくさとかそういうものも兼ね備えているんだなあと毎日おもうのだけど、それを理由に生きることをやめたくはないし、苦手な部分も工夫でして生きていきたいとはおもうけど。
何度しても覚えきれないとかやりにくいことを無理矢理理解させようとするひとが苦手だ。自分のペースを崩す人は悪だという事をどうにも自分の中で認識してしまって。
安定しない時にその感情になるとどうにも合わせる事が困難になってしまう。
逆を言えば自分のペースで生きる事は調和を忘れてしまえば相手のペースも崩す事になるわけなので、そこらへんはきちんと対話をもって話せるようになれたらいいよね。
最近よく感じるのは一般的な行動や道徳心というものをあべこべで持っていて、警戒すべき部分も警戒せずに生きてしまっているんだろうなあともおもう。
人間関係が全て善から生まれるものではないという事をいい加減僕は学ぶべきだ。
生きる事は苦難の連続なのだから、理解できたなら都合のいいように使われないように、お互いがちゃんと成長できるようなそんな関係を作れたらいいよね。
そこに障害も健常も関係はなく人間として繫がれる事の大事さを感じながら生きるべきだ。